みいや★ひーすけのブログ

横浜で楽しく暮らす日記帳

いままで大事だと思っていたこと

ところで、2015年に54歳になる私。
若いころにいろいろ疑問に思って、大事だと思っていたけど、
やっぱりかかわりきれなくて現在にいたるーーとなっているものが
たくさんあるよなーと思い出してきた。

突然ですがブログにも書いていこうかなっと。

(1970年代の疑問)
なんで世界には貧しい国とそうでない国があるのか?
食べものもなくて困っている人々がいるということを
なんとかするのが優先順位高いことなのでは?と考えた。

エスペラントはどこの国からも平等でいい言葉だけど、
言葉の前にやることがあるのでは?と思った。

(1980年代の疑問)
で、農学部に進学したが、なんか援助するとかいう発想も差別を
感じてやっていけない。
日本は比較的裕福な国になっているわけだけど、
なんかうしろめたい。
そういうことを訴えた人が獄中にいたりする状況をほおっておけないと
思った。
国内に限ってみたら、景気よくても最底辺な暮らしを
余儀なくされている人たちのことを考えようよ。
でも、信じられる思想なんてないみたい。

(1990年代の疑問というか方向性)
自分は自分なりの生き方をしていこう。いろんな地域のことを知っていこう。
自分の留守家族をキープしなくては(自分より若い世代のね!)。
子育て期。
この時期バブル崩壊のあとで、経済がたいへんになってしまった。
なんか社会問題どころでなく、自分もたいへん。
積極的なリラクゼーションとかを考えていかないと
自分もつぶれそう。

(2000年代の疑問というか方向性)
40代から福祉の学習と仕事をしていこう。
どんな年代になっても、なんとかやっていけるように自分もなろう。
ということで、いろいろ資格をとったり、お仕事のキャリアを積んだり。
それで福祉の業界のヒトになれました。
余裕もできて趣味の活動もできるように。

(2010年代の疑問というか方向性)
老後の準備のために趣味の助走をしていこう。
お仕事は福祉の仕事。趣味で音楽や語学の勉強をしよう。
両方ともヒトとの関係を持ちやすいのがよいよ。
あと老後にやろうと思ってた、アートや文学やらなんやら
にも触れていこう。
子どもたちもアーチスト志望になったため、サポーターを
やっていこう。

(2020年??)
この方向でやっていく。
もともと1970年代や1980年代に素朴な疑問だったことも
忘れないようにしていきたい、デス!!

けっきょくすぐには解決できない地球規模の大問題だったのですからー。
そういうのばかりが心配な私なのでした。